日本全国の即身仏巡りをしたことで得ることができた答え?結論?




日本全国の即身仏巡りをしたことで得ることができた答え?結論?

結局のところ、即身仏を目指した方たちは、行く先々で判で押したように聞かされた「よく出来たストーリー」の通り『衆生救済のために自らの命を投げ打って即身仏を目指した』のか、『自らが悟りを開く(即身成仏?)ために即身仏を目指した』のか…。いずれの場合も『なぜ湯殿山系統ばかりに集中して即身仏が誕生したのか?』(日本に現存する17体の即身仏のうち、実に10体が湯殿山系の即身仏といわれている)という疑問に対する答えは出なかった。

あと、これもよく言われる『弘法大師・空海の弟子として即身仏を目指した』という説も『じゃーなんで高野山には一体の即身仏もないのか?』『どーして即身仏は湯殿山系統ばかりなのか』という疑問に対する答えは明確ではなく…。

そうこうしている内に「ある本」で目にした『天台宗の羽黒山と真言宗の湯殿山との勢力争いの中で即身仏を生み出す必要に迫られた』という説には妙に納得させられるものがあった。

結局のところ、即身仏というのは「ある意味」『人為的に作り出されたものではなかったのだろうか?』そして「そうした伝承が事実として少なからず残されていること」「即身仏になった方にいわゆる高僧がいないこと」などから勘案して、それが『真実に近い』のではないかと思うようになった。

そう考えると「実は湯殿山系統以外の即身仏」こそが『純粋に自らが悟りを開く(即身成仏?)ために即身仏を目指した方たちだったということなのだろうか?』しかしながら、もし、そうなのだとしたら、それは超個人的な動機で衆生救済という理由とはかけ離れているのではないか…。いずれにしても「なぜ」自らの体を『即身仏』としてこの世に残す必要があったのだろうか?というような疑問は尽きないままだった。

結局、そうした疑問に答えを見付けることなく、すべてが仮説のまま私の即身仏巡りの旅は終了した。

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日本の即身仏・ミイラを巡る旅

 

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