人はなぜ即身仏になることを目指したのか?




人はなぜ苦しい修行をしてまで即身仏になることを目指したのでしょうか?ここでは理屈じゃない即身仏になる理由を考察しています。

①衆生救済説

私が即身仏巡りをしている中、大多数のところで即身仏になる理由として説明されていたのが、この衆生救済説である。どこに行ってもあまりにも同じような説明をされるので、一時は「話しがよく出来過ぎてるなぁ~」「本当かなぁ~」などと思っていたりもした。

~概略は以下の通りである~

未曾有の飢饉、天災、疫病などにより、餓え苦しみ、恐れおののく人々を救うために、この世の苦悩を一身に背負い湯殿山に籠り、木食行、断食行をして、最後には己の身と引換えに衆生救済を一心に祈願しながら土中入定をして念仏往生したというもの。

②即身成仏説

真言宗の開祖、弘法大師空海には「即身成仏義」なる著作がある。また、実際に高野山の奥之院で生身のまま即身成仏したとの伝説も言い伝えられており、後に続く真言宗の行人達が弘法大師の説く哲理である即身成仏の実現を目指したという説。

③弥勒信仰説

仏教には釈迦が入滅した五十六億七千万年後に釈迦の救いに漏れた人々を救いに弥勒菩薩が下生するとの信仰がある。その弥勒菩薩の到来を待ち、衆生救済に下生してくるときまで、入定して身心を保ち、弥勒菩薩の手助けをしようと考える仏教的な救世主信仰により、即身仏になることを目指したという説。

④出羽三山の中の勢力争いが原因とする説

出羽三山は月山、羽黒山、湯殿山をもって出羽三山と称するが、中でも湯殿山は古来より出羽三山の総奥之院とされ、他言禁制の最神秘の霊場として、三山の中でも別格な霊場とされていた。特に、江戸時代になり、出羽三山信仰がさかんになると、三山をすべて拝まなくても、三山総奥之院の湯殿山だけに登って拝めば、三山を拝んだのと同じご利益があるといわれるようになり、多くの信者を獲得して急成長を遂げた。これに危機感を覚えた羽黒山側は上野寛永寺の天海僧正を頼り、天台宗に改宗し、幕府権力と結びつき、増大する湯殿山勢力を支配下にし、羽黒山の躍進を図ろうとした。そして羽黒山側から湯殿山は羽黒山の末寺であるとの訴訟が幕府に繰り返し行われた。これに対し、湯殿山側は当山は即身成仏した空海が開山の真言宗であるとの反論を展開、その主張を実証して裏付けるために、即身仏を産み出す必要に迫られたとする説。

即身仏のトップページへ

日本の即身仏・ミイラを巡る旅

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です