月輪陵・後月輪陵




月輪陵・後月輪陵

月輪陵および後月輪陵は古くから皇室の香華院(菩提所)として知られ、御寺と呼ばれていた泉涌寺の山内に営まれている天皇家の歴代陵墓である。この月輪陵には仁知3(1242)年に第87代・四条天皇の陵が営まれたのを初めとして、江戸時代の第108代・御水尾天皇から第120代・仁孝天皇に至るまでの天皇・皇后・親王などの二十五陵、五灰塚、九墓が営まれている天皇家最大の陵墓である。

尚、通常であれば天皇家の陵墓は中の様子を伺うことはできないが、この月輪陵・後月輪陵については泉涌寺の境内のさらに奥まった場所にある良純親王墓や開山堂などを訪問する道すがらで中の様子を伺い知ることができる。

正面から見ることができるわけではないとはいえ、江戸時代の歴代天皇の陵墓が仏式の石造九重塔で造営されていることなど、実際にどのように営まれていたのかが手に取るようにわかるため、大変興味深いものがある。

「被葬者」

四條天皇 [月輪陵] (第87代)
後水尾天皇 [月輪陵] (第108代)
明正天皇 [月輪陵] (第109代)
後光明天皇 [月輪陵] (第110代)
後西天皇 [月輪陵] (第111代)
霊元天皇 [月輪陵] (第112代)
東山天皇 [月輪陵] (第113代)
中御門天皇 [月輪陵] (第114代)
櫻町天皇 [月輪陵] (第115代)
桃園天皇 [月輪陵] (第116代)
後櫻町天皇 [月輪陵] (第117代)
後桃園天皇 [月輪陵] (第118代)
光格天皇 [後月輪陵] (第119代)
仁孝天皇 [後月輪陵] (第120代)
陽光太上天皇 [月輪陵]
後水尾天皇皇后和子 [月輪陵]
霊元天皇皇后房子 [月輪陵]
東山天皇皇后幸子女王 [月輪陵]
中御門天皇女御贈皇太后尚子 [月輪陵]
櫻町天皇女御尊称皇太后舎子 [月輪陵]
桃園天皇女御尊称皇太后富子 [月輪陵]
後桃園天皇女御尊称皇太后維子 [月輪陵]
光格天皇皇后欣子内親王 [後月輪陵]
仁孝天皇女御贈皇后繋子 [後月輪陵]
仁孝天皇女御尊称皇太后祺子 [後月輪陵]
後土御門天皇 [灰塚] (第103代)
後柏原天皇 [灰塚] (第104代)
後奈良天皇 [灰塚] (第105代)
正親町天皇 [灰塚] (第106代)
後陽成天皇 [灰塚] (第107代)
光格天皇皇子温仁親王 [墓]
光格天皇皇子悦仁親王 [墓]
仁孝天皇皇子安仁親王 [墓]
陽光太上天皇妃晴子 [墓]
後陽成天皇女御中和門院藤原前子 [墓]
後水尾天皇後宮壬生院藤原光子 [墓]
後水尾天皇後宮逢春門院藤原隆子 [墓]
後水尾天皇後宮新広廣門院藤原國子 [墓]
仁孝天皇後宮新待賢門院藤原雅子 [墓]

 

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1 個のコメント

  • 40年前、この境内にある「月輪中学校」(かつての建物は取り壊され、新しい校舎になっている)に勤務しておりました。

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