すべての棚田百選を訪ね終えて




すべての棚田百選を訪ね終えて

2013年9月15日に梨ヶ平地区の千枚田を訪ねた私は日本の棚田百選に選ばれている棚田134箇所をすべて訪ね終えることができました。

思い返せば2006年12月に下赤坂の棚田を偶然に訪ねて大変な感動を覚えてから約7年後のことです。

しかしながら、当時は他にも興味があるものがたくさんあり、後日、棚田巡りを本格的にやることになるとは夢にも思っていませんでした。

また、棚田巡りを本格的にやることはないだろうと思っていた理由の一つとして、棚田は圧倒的に「西高東低」で、特に百選の棚田の『3分の1以上』が九州に集中しているということがあり、神奈川県在住の私にはすべて訪ねるなどというのは「夢のまた夢の絵空事」にしか思えませんでした。

が、そんな私に一つの転機が訪れました。それはNHKの熱中スタジアムという番組への出演でした。

何とこの番組の共演者に日本の棚田百選をすべて訪ね歩かれた「その世界」では有名な3人の方がいらっしゃったからです。

私にとってはまるで夢物語の絵空事としか思えなかった棚田百選をすべて訪ね歩かれた方が現にこうして目の前にいらっしゃる!

しかも3人も同時に!私の興奮は最高潮に達したのはいうまでもありません。

いつかこの人たちのように棚田百選をすべて訪ね歩いてみたい!

私はこの日を境として棚田というものを以前よりもより強く意識するようになりました。

とはいっても、前述の通り、その時点では他にも興味があるものがたくさんあり、棚田のことは二の次、三の次でした。

そんな私が本格的に棚田巡りを始めたのは2012年の5月に日本の滝百選を訪ね終えてからのことでした。

しかしながら、1999年に日本の棚田百選が選ばれてから10年余り。

私が目にした棚田は耕作放棄・転作が進みとても百選に選ばれた往時の姿を留めていない棚田も少なくなく、棚田巡りを本格的に始めた時期が遅きに失した感が否めない棚田が多かった事実は否定できません。

が、どんな状況になっているにしろ、それぞれの棚田には百選に選ばれた理由があるはず。

そして棚田は人が作ったものである以上、仮に耕作放棄や転作が進み、荒れ果てて残念な状態になってしまっていたとしても、そうなるに至った理由もまたあるはずだとの考えのもと、全国の棚田巡りを続けました。

私の趣味は基本的に一人ですることばかりで、現地でも他の人と話したり、接したりということはまずないのですが、この棚田巡りについては田んぼを耕作して農作業をしている人を見掛けると必ず挨拶をして、可能ならばお話しを伺うようにしていました。

急激な過疎化、深刻な後継者不足、年々減っていく田んぼ、猪等の襲来により田んぼが荒らされてしまうので何らかの対策をする必要があること、さらには話で聞くだけではなく実際に猪等の襲来によりせっかく育った稲がなぎ倒されてしまった田んぼを目にすることも少なからずありました。

また、米を作っているだけでは生計が立たないこと、棚田は大型重機を使うことができず耕作条件が悪く手間ばかり掛かってしまうこと、それこそ昔はこの何倍も田んぼがあったこと等々、色々とお話しを伺うことができました。

言葉では上手く言い表せませんが、それらすべての言葉は私の胸に深く突き刺さり非常に感銘を受け、考えさせられることばかりでした。

実は百選の棚田で私が一番最後に訪ねた「梨ヶ平地区の千枚田」は棚田マニアにはたまらない『千枚田』という名を持っているにも関わらずそのほとんどが越前水仙に転作されている棚田です。

一番最後に訪ねることになった棚田が千枚田という名を持つにも関わらず、ほとんど田んぼが残っていない棚田だったというのは何かとても深い意味があるような気がします。

その意味は何なのか?これからじっくりと考えてみたいと思います。

思えば百選に選ばれた棚田は競うように人里離れた実に山深い辺鄙なところに作られた棚田であることが少なくありません。

百選の棚田は偶然に通り掛かる、見掛けるものではなく、わざわざ訪ねて行かなければ決してたどり着くことがないところにあるものばかりです。

しかも、そのほとんどが、何の案内も看板もありません。

そうした棚田を訪ねるのはかくれんぼで鬼になった時に、どこに隠れているのかわからない友達を探しに行く時のような、あの懐かしい感覚がどこかにありました。

ひょっとしたら、そのまま隠れたままで静かに野に返る棚田も少なくないのだろうとも思います。

日本の原風景と言われる棚田がこれからどうなっていくのか?ひょっとしたら、私はその答えをもう十分に目にしてきたし、わかっているのかも知れません。

しかしながら、そのすべてをとは言いませんが、我々の先祖代々が営々と築いてきた日本の原風景をほんの少しでも…、いや可能ならば少しでも多く次世代に残してほしいものだといつも無責任に思う、私は何の力も持っていない無力な第三者の傍観者です。

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日本全国の棚田を訪ね歩く旅

 

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