北条時行の墓 目次 〇北条時行とは? 〇長野県大鹿村に伝わる北条時行の墓 〇北条時行の墓の所在地 ~以下北条時行の生涯~ ①鎌倉幕府滅亡、北条時行、信濃に落ち延びて潜伏する ②時行、北条氏再興の兵を挙げ、鎌倉を奪還する(…
2024年
日本に三体しかない!実際に千本の手を持つ『真数千手観音』
日本に三体しかない!実際に千本の手を持つ『真数千手観音』 千手観音はお寺の御本尊として、よくその名を耳にする観音様である。 千手観音の千本の手は、あら方法(千は無数の意味)で、どのような衆生をも漏らさず救済しようとする、…
四天王寺石鳥居(日本三鳥居)
四天王寺石鳥居(日本三鳥居) 四天王寺の西門石鳥居は、聖徳太子が建立した日本最初の官寺である四天王寺のシンボルで、厳島神社の大鳥居、金峯山寺の銅の鳥居と並んで「日本三鳥居」の一つとされるものである。 鳥居の創建は平安時代…
春日大社一之鳥居(日本三大木造鳥居)
春日大社一之鳥居(日本三大木造鳥居) 春日大社の一之鳥居(一の鳥居、一ノ鳥居)は創建が平安中期頃とされる高さ7.75mの大鳥居で、厳島神社の大鳥居、気比神宮の大鳥居と並んで「日本三大木造鳥居」の一つとされるものである。 …
琉球王国「英祖王統」第四代国王『玉城王の墓』(タカラグスク)
琉球王国「英祖王統」第四代国王『玉城王の墓』(タカラグスク) 英祖王統第四代国王・玉城王の墓。 史書によると玉城王は色をむさぼり、猟を好んで政務をおろそかにしたため、政治はすたれ、世はおとろえ、もろもろの按司は入朝しなく…
琉球王国の最後の南山王『他魯毎の墓』
琉球王国の最後の南山王『他魯毎の墓』 他魯毎は南山王として冊封された「汪応祖」の長子で、汪応祖が兄の「達勃期」に謀殺された後を継いで1415年に南山王に即位した。 他魯毎は進貢貿易に積極的で南山の最盛期を築いたとされる先…
少弐資時の墓
少弐資時の墓 少弐資時の墓。 資時は少弐経資の三男で、文永の役の際には叔父である少弐景資に従って12歳で初陣し、博多湾岸に上陸してきた蒙古軍に向かい、一番に名乗りかけて矢合わせをしたことで、その名が知られている。 その後…
「豊臣秀吉の大坂城」の現存する唯一の遺構である『竹生島の唐門』
あの「豊臣秀吉の大坂城」の「現存する唯一の遺構」である『竹生島宝厳寺の唐門』 「大阪」といえば『豊臣秀吉!』 出典:Wikipedia 「豊臣秀吉」といえば『大坂城!』 を思い浮かべる方は決して少なくないことと思います。…
そんなバカな!この道を進むと「三重」そして「大分」だって!?
そんなバカな!「三重県」・「大分県」に続く道!? 突然ですが。。。 「三重県」は「本州」にある県 「大分県」は「九州」にある県 で、間違いないですよね。そんなのはいうまでもない常識ですよね。 ところが、某国道326号線を…
陸の孤島として名高い「菅浦集落」の東西入口に建つ『四足門』
陸の孤島・かくれ里として名高い「菅浦集落」の西と東の端に建つ『四足門』 菅浦集落は琵琶湖の北端に面し、背後の三方を標高約400mの急峻な山々に囲まれた入江の集落で、昭和41(1966)年に道路が開通するまでは他の地域との…