「豊臣秀吉の大坂城」の現存する唯一の遺構である『竹生島の唐門』




あの「豊臣秀吉の大坂城」の「現存する唯一の遺構」である『竹生島宝厳寺の唐門』

「大阪」といえば『豊臣秀吉!』

出典:Wikipedia

「豊臣秀吉」といえば『大坂城!』

を思い浮かべる方は決して少なくないことと思います。

ところが…

実は今現在「豊臣秀吉が築城した大坂城」『影も形も!「何一つ」残っていない!』のである。

なぜならば「豊臣秀吉が築城した大坂城」は大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡した後に、その痕跡を消し去るかのように徳川幕府によって徹底的に破壊された上で、まるで覆い隠すように盛り土がされて埋め尽くされ、また新たに一から新しい大坂城が造られたからである。

出典:大坂城豊臣石垣公開プロジェクト

現在、目にすることができる大坂城はこの時の城で、秀吉時代の大坂城は今も地下深くに眠っているのである。

「豊臣秀吉の大坂城」の「現存唯一の遺構」が残されている場所とは!?

そんな豊臣秀吉が建てた幻の大坂城の現存唯一の遺構が、何と!大阪からは遠く離れた琵琶湖に浮かぶ「竹生島」に移築されて残されているとのことである。

竹生島は琵琶湖に浮かぶ周囲約2キロの島で、島の名前の由来が「神を斎(いつ)く島」といわれ、島内には「西国三十三所観音霊場第三十番札所」で本尊が厳島・江の島と並ぶ「日本三弁才天の一つ」である『宝厳寺』と延喜式式内社である『都久夫須麻神社(竹生島神社)』があり、国宝・重要文化財の建造物が目白押しで、文化財の宝庫でもあり、島全体がまさに聖地・聖域といった趣きがある。

宝厳寺(日本三弁才天)

都久夫須麻神社(竹生島神社)本殿(国宝)

竜神拝所の鳥居

宝厳寺渡廊・舟廊下(重要文化財)

「豊臣秀吉の大坂城」の「現存唯一の遺構」とされる『宝厳寺の唐門』

そんな竹生島宝厳寺の国宝に指定されている『唐門』が、あの『豊臣秀吉の大坂城の遺構』とされるものである。

この「唐門」は豊臣秀頼の命により、慶長7~8(1602~1603)年に京都東山の豊国廟(秀吉の亡きがらを葬った廟所)の極楽門を竹生島に移築したものであることは以前より広く知られていたところである。

ところが、この「唐門」は、実はそれ以前にも一度移築がされていたことが近年になって明らかになったのである。

それは平成18(2006)年のことで、世界文化遺産に登録されているオーストリアのエッゲンベルク城の室内壁面にはめ込まれている屏風が「秀吉時代の大阪城と城下」を描いた「貴重な屏風絵」であることが判明したのだ。

出典:オーストリア政府観光局公式サイト

その屏風の中に出てくる「大坂城の本丸北方に架けられていた極楽橋」の正面の姿が竹生島・宝厳寺にある唐門と酷似することがわかり、その絵図から判断して『唐門』こそが、あの「豊臣秀吉の大坂城」の「現存する唯一の遺構」であるとされるに至ったのである。

出典:オーストリア政府観光局公式サイト

豊臣期大坂図屏風に描かれている大坂城の極楽橋

出典:オーストリア政府観光局公式サイト

つまり、エッゲンベルク城の屛風絵により極楽橋の姿が明らかになり「大坂城の極楽橋」「豊国廟に移築されて極楽門」となり、さらにそれが「竹生島に移築されて現在の宝厳寺の唐門」となったことが判明したわけである。

文献としては、醍醐寺座主三宝院義演による日記『義演准后日記』に大坂城の極楽橋が豊国廟に移築された旨の記述があり、また、豊国廟社僧の梵舜が『舜旧記』 にて、豊国極楽門を竹生島に寄進したとの記述が残されていて、この二つの文献の記述と『エッゲンベルク城の豊臣期大坂図屛風』により、大坂城の極楽橋が竹生島宝厳寺に移築されたことは間違いないとされる。

では改めて「豊臣秀吉の大坂城」の「現存唯一の遺構」である『唐門』をよく見てみよう!

唐門は平成25(2013)年~令和2(2020)年に修復工事が行われ、豪華絢爛な姿が蘇っている。

唐門を見てみると派手好きだったといわれる豊臣秀吉の趣味嗜好がよくわかる。

実は正直にいうと、私は竹生島に「豊臣秀吉の大坂城」の「現存する唯一の遺構」があるとはまったく存じ上げない、予備知識が何もない状態で竹生島を訪ねた。

このため「宝厳寺の唐門」が「現存する唯一の豊臣秀吉時代の大坂城の遺構」と現地の案内で知った時にはビックリしたというよりも全然「ピン!とくる」ものがなく、しっくりとこなかった。

いや、それどころか、違和感を感じまくった。なぜ琵琶湖に浮かぶ小さな島に豊臣秀吉時代の大坂城の遺構があるのだろうか?と。それに、そもそも一体どうやってこんな大きな門を大坂から竹生島まで移築したのだろうか?と。

ぶっちゃけ、完全に「うそ臭い」「胡散臭い」「本当に信憑性がある話なの?」と思ったのが、正直な感想だった。

竹生島は船の時間の関係でそんなにゆっくりと滞在することができず、他にも見所が満点なので、この唐門にだけ時間を割くことができず、結果、その時はその違和感を拭い去ることができずに島を離れることとなった。

その後、色々と調べて、この「唐門」がまぎれもなく、あの「豊臣秀吉の大坂城」の「現存する唯一の遺構」であることを理解しました。

所在地→滋賀県長浜市早崎町1666

 

 

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