源満仲・源頼光の墓(御神廟)




源満仲・源頼光の墓(御神廟)

源満仲・源頼光の墓。満仲および頼光の墓は多田神社の本殿真裏にあり、御神廟と呼ばれて禁足地帯となっている。

「源満仲」

満仲は清和天皇の曾孫で六孫王と称された経基王の嫡男である。武蔵守、摂津守、越前守、美濃守、信濃守、伊予守、伊勢守、陸奥守、下野守などを歴任し、さらに兵部少輔、左馬頭、治部大輔など経て鎮守府将軍となった。(満仲の三男である頼信の子孫には鎌倉幕府を開いた源頼朝、室町幕府を開いた足利尊氏などがいる。)

「源頼光」

満仲の嫡男である頼光は郎党の渡辺綱ら四天王を率いて大江山の酒吞童子を退治した逸話など武勇伝説で有名である。

尚、御神廟には足利尊氏以下、足利歴代将軍の分骨も収められているといい、正月の三が日しか公開されない。

所在地→兵庫県川西市多田院多田所町1-1

 

 

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1 個のコメント

  • 昨年5月に「謡跡巡り」で越前の多田神社に行き、満仲のお墓にお参りしました。動じて、ここにあるのかが今一つわからなかったのですが、越前守も歴任と知り、納得しました。川西市にも是非おまいりしたいです。「満仲」はお能でも有名ですね。

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