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天山陵(琉球王国・第一尚氏王統歴代の陵墓)

天山陵(天山ようどれ・琉球王国第一尚氏王統歴代の陵墓) 所在地→沖縄県那覇市首里池端町 天山陵は第一尚氏の第二代・尚巴志王の墓として造営されたもので、以後、第一尚氏王統歴代の陵墓となったものである。 この天陵山には、尚巴…

蒙古軍撃退の立役者たちの墓を訪ねる(元寇・文永の役・弘安の役)

蒙古軍撃退の立役者たちの墓を訪ねる(元寇・蒙古襲来・文永の役・弘安の役) 蒙古襲来(文永の役・弘安の役)という未曾有の国難に際し、祖国防衛のために命を投げ打って戦った救国の英雄たちの墓をコツコツと訪ねては、手を合わせて頭…

平時忠の墓

平時忠の墓 所在地→石川県珠洲市大谷町 平氏政権の最盛期に「平家にあらずんば人にあらず」と豪語したことで有名な平時忠の墓。 時忠は才知に富み、さらに姉・時子が平清盛の正室となり、妹である滋子が後白河上皇の妃(建春門院)と…

細川政元の墓

細川政元の墓 所在地→京都府京都市右京区龍安寺御陵ノ下町(龍安寺) 細川政元の墓。政元は応仁の乱の東軍の総大将・細川勝元の子で、文明5(1473)年に勝元が没したため、8歳で京兆家を継ぎ、摂津・丹波・讃岐・土佐の守護とな…

月輪陵・後月輪陵

月輪陵・後月輪陵 月輪陵および後月輪陵は古くから皇室の香華院(菩提所)として知られ、御寺と呼ばれていた泉涌寺の山内に営まれている天皇家の歴代陵墓である。この月輪陵には仁知3(1242)年に第87代・四条天皇の陵が営まれた…

山名宗全(持豊)の墓(応仁の乱の西軍の総大将)

山名宗全(持豊)の墓(応仁の乱の西軍の総大将) 所在地→京都市左京区南禅寺福地町86(南禅寺真乗院) 応仁の乱の西軍の総大将・山名持豊(出家して宗全)の墓。宗全は山名時熙の次男で兄・持煕が足利義教の勘気にふれ、廃嫡された…

細川勝元の墓(応仁の乱の東軍の総大将)

細川勝元の墓(応仁の乱の東軍の総大将)     所在地→京都府京都市右京区龍安寺御陵ノ下町(龍安寺) 応仁の乱の東軍の総大将・細川勝元の墓。勝元は細川宗家である京兆家・持之の嫡子で、父・持之の死去によ…