箱崎(地蔵松原)元寇防塁
箱崎地区の元寇防塁は薩摩国が担当した。
箱崎地区の防塁は南の千代付近から地蔵松原付近に至る約3キロに渡って築かれた。
大正時代に調査がされていて、防塁の構造は前面に石積みし、後面は粘土で固めていたと報告されているというが、現状では防塁の痕跡は確認できない。
平成5年に試掘調査を行った際は、防塁構築に伴うと考えられる石材が出土したが、その構造等については確認できなかったそうである。
また平成12年度に行った発掘調査では元寇防塁と考えられる人頭大の自然石が直線的に並び、その背後に裏込めの一部と考えられる小礫が確認されているという。
現在は往時を偲ばせるものは何も残ってないが、JR鹿児島本線をはさんだ東西に石碑が建っている。
所在地→福岡県福岡市東区筥松4-1
JR鹿児島本線の西側にある石碑
所在地→福岡県福岡市東区箱崎6-8
元寇防塁位置図
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