日本三大墓所の一つである『対馬藩主宗家墓所(万松院)』
対馬藩主宗家墓所は歴代の対馬藩主と正室および一族の墓所で桃山様式を残す山門のわきから、百雁木とよばれる132段の自然石の大石段を登った所にある。
元和元(1615)年に宗家19代で初代対馬藩主の義智が死去し、居館としていた金石屋形の西に墓所を設けた。
寺として松音寺を建立したが、元和7~8年頃に法号に因んで「萬松院(万松院)」と改め、宗家の菩提寺となった。
三つの御霊屋があり、上御霊屋には義智から宗家32代義和までの藩主と正室、中御霊屋と下御霊屋には10代貞国と側室および童子の墓が並ぶ。
また、本堂西側の池泉庭奥には宗家出身者や一族を葬った裏霊屋がある。
花崗岩製の大きな墓石や広い墓域から、江戸時代の日朝外交を担った宗家の威信や隆盛を窺うことができる。
墓所は鏡積みを多用した石垣と石塀で区画、構成され壮麗である。
十代・宗貞国の墓
十九代・宗義智の墓
二十代・宗義成の墓
二十一代・宗義真の墓
二十二代・宗義倫の墓
二十三代・宗義方の墓
二十四代・宗義誠の墓
二十五代・宗方熈の墓
二十六代・宗義如の墓
二十七代・宗義蕃の墓
二十八代・宗義暢の墓
二十九代・宗義功の墓
三十代・宗義質の墓
三十一代・宗義章の墓
三十二代・宗義和の墓
所在地→長崎県対馬市厳原町西里
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